湯船にお湯を貯める時の思い出
次の記事はこれを書く、と決めてしまうと、途端に書けなくなってしまいます。
「やらなければならない大きな仕事」
「それができるまでは他のことをしてはいけない」
そんな風に捉えてしまうのかもしれません。
その時思い出したことをサッと書いていきたいので、次に何を書くかは決めず、宣言せず、なるべく自由にやっていこうと思います。
とりあえずは、もう言ってしまったので風呂についての続きの話。
これについて、1つだけ書きます。
湯船にお湯を貯める時についてです。
湯船にお湯を貯めるだけで、おもい出す出来事が2つあります。
どちらも中学か高校の時の話です。
学生時代の当時の私は、学校から帰ると風呂にお湯を貯めることが家出の役割になっていました。
もしかすると、毎回「お風呂貯めなさい」と言われていたのかもしれません。
ある時、いつも通りにお湯を貯め始め、温度を調節し、風呂場を後にしました。
その後の一番風呂は父親でした。
風呂から上がった父親はすぐに私のところに来て、
「風呂にお湯が貯まってなかったぞ」
と言いました。
確かに貯め始めたはずなのに、言われている意味が分かりませんでした。
「湯船の栓がちゃんと閉まってるのを確認したか?」
「あれが傾いていてお湯が貯まらなかったんだろう」
「次から気を付けなさい」
こう言われました。
これまで、湯船の栓なんて確認したことがありませんでした。
軽く穴に入れるだけで、なんの問題も起こったことがありませんでした。
ですが、この時は問題が起こってしまったのです。
父親は怒っていました。
もしかすると、不機嫌程度だったかもしれません。
もしかすると、軽く注意しただけだったかもしれません。
でも、私の記憶にあるその時の父親は、とても怖いものでした。
怒られた、怒らせた、機嫌を損ねた、間違えた。
怖かったです。申し訳なかったです。
それ以来、湯船の栓は指でしっかり押し込むようにしました。
今でもそうしています。
だからなのか、お湯を貯める時には、無条件で叱られた記憶が蘇ります。
もう1つの思い出です。
風呂にお湯を貯め始め、風呂場を出て、一番風呂は父親で、上がった父親はすぐに私のところに来ました。
「風呂が水だったぞ」
お湯になってなかったのです。
この理由については、当時から時間が経ったせいか忘れてしまい、なぜ水だったのかよう思い出せません。
温度調節を間違えたか、調節の途中で何かがあってその場を離れてそのままだったか。
何にせよ、私は失敗しました。
「俺だったから良かったけど、ばあさんが先に入ってたら大変だったぞ」
その頃は祖母が存命だったため、父親はその事にも触れて私に注意しました。
怖い声でした。怒っていました。
記憶違いなのかもしれません。
「怖い」という感情を覚えています。
この2つの思い出を、湯船にお湯を貯める時に思い出します。
現在では脳裏をふっとよぎる程度だったり、言われた言葉を思い出す程度だったり、過去が主張してくるレベルは強くありません。
数年前はたまに泣いてしまってりしていましたが。
風呂については、とりあえずここまで。