「言われたことができないなら死んだ方がいい」という心理
現在、タイトルのような心境です。
簡単に言うと、親に「朝か昼にこれをやっておいて」と言われました。
私自身、できると思いました。
お昼を食べたら準備をして・・・などの予定を脳内シミュレーションしました。
でも、できていません。
親から「命令された」という被害妄想寄りの認識からプレッシャーを感じているのか。
行動するシミュレーションの中に、ちらほら不安要素があるからなのか。
それとも、ただ単に今いる場所から動けないのか。動かないのか。動きたくないのか。
行動できていない、約束を果たせそうにない、ということは、約束した相手に不快な思いをさせてしまいます。
溜息を吐かせてしまい、イラつかせてしまい、時には激怒させてしまいます。
これらは私の過去の経験から連想されるものです。
また、怒らせ、煩わせてしまう。
自分の存在は、あってはならないものだと思ってしまう。
ならば、死んだ方がいいのだろう。
とてもスムーズな流れで、当たり前でいつも考えていることを、実行に移しそうなレベルで意識しています。
死ぬために動けるならば、約束のために動いた方がいいはずです。
けれど、このまま生き延びたとしても、私はまた約束を守れない状況を作ってしまうと思うのです。
それなら、もう二度とそうならないように、同じことで誰かに嫌な思いをさせないように、私は消えるべきなのだと思ってしまうのです。
こんなことを考えながら、私はまだ、動けずにいます。
穏やかに、自分を消す方法を考えつつ、約束を守るために動くことを考えています。
チラつく不安要素で脳内が葛藤しています。
死ななければならないと、思ってしまいます。
毎日、程度の差はあれど、こんなことを考えています。
今日は、私はどうするのかな。
今回はここまで。